1996-03-19 ◆<馬>バクン事業はティン氏十八番の炒果条? 【シンガポール】Ekran Bhdのティン・ペックキイン会長は自宅で催されたハリラヤ・パーティーの席上、炒果条(チャオクイティアゥ:福建焼きソバ)の調理に余念のない調理師を前に「時には炒果条でも炒めて生計をたてるシンプルな生活がましに思える」と、短期間にドラマチックな生活の変化を体験した人ならではの興味深い感想を漏らした。 ティン氏が今日手掛けている仕事は、同氏が最近までサラワク州で手掛けてきたものに比べ何倍も複雑で、規模も大きい。ティン氏のビジネス・スタイルにはとかくの批判も多いが、ランカウィ島にホテル、リゾート、展示ホールを瞬く間に建設、1991年の第1回国際海事航空ショーに間に合わせた同氏は、マハティール首相の激賞を買い、事後、一介の建設請負業者から上場企業5社以上を傘下に収め、国内ばかりでなくイラン、中国、フィリピンにまで事業を展開する業界の重鎮にのし上がった。 とは言えEkranがバクン水力発電事業のメイン・コントラクターに選ばれた時、誰も予想外のこととして驚いた。何故ならEkranは必要なノーハウも経験も持ち合わせていないと見られたからである。しかし、マハティール首相はこの種の大型プロジェクトを進めるには、ティン氏のような、如何なる障害にも動じぬ機関車が必要と考えたようだ。 それにしてもバクン事業はティン氏がこれまでに手掛けてきたものとは全く異質のもので、同氏は決してプロジェクトを思い通り進める権限も委ねられていない。主要な決定事項は全て総理府経済計画局の吟味を受けねばならず、被雇用者積立基金(EPF)や電力会社トゥナガ・ナシオナルBhd(TNB)のような強力な政府機関と協力体制も組まねばならない。こうしたことはティン氏のワーキング・カルチャーとは全く異質なものだが、同氏は少なくとも向こう数年こうした環境下に生活せねばならないものと見られる。(BT:3/18)