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禅宗と景教 シリーズ25:接物利生

<◆禅宗と景教 シリーズ25:接物利生>
唐代の末期、福建省福州玄沙山に住した玄沙(げんしゃ)禅師は、「『接物利生(せつぶつりしょう)』が仏道の本懐と言うが、盲聾唖三重苦を患った者に遇ったら、どうする。もし、この病人を救うことができないなら、仏法に霊験(れいげん)などない。さあどうする」と問いかけた。
今回は『碧巌録第88則玄沙接物利生』の公案に参じて見ましょう。

接物利生
中国の唐末五代十国の時代(907-960)に福建省福州玄沙山に住した玄沙師備宗一(げんしゃ・しび・しゅういつ:835-908)禅師は、ある日講座台に上り、「『接物利生(せつぶつりしょう):物に接して衆生に利益を施す』が仏道の本懐と言うが、盲聾唖三重苦を患った者に遇ったら、どうする。盲人に鎚(梵鐘のばち)を拈(ひね)り、払子(ほっす)を立てても見ることはできず、聾者(ろうしゃ)に長広舌を弄しても聞こえず、唖者(あしゃ)に何か言わせようにも、発語できない。もし、この病人を救うことができないなら、仏法に霊験(れいげん)などない。さあどうする」と問いかけた。


三重苦などと大業なことを言う必要はない。寝食を共にした夫婦や親子の間でも、また会社の同僚や隣人の間でも意思が通じず諍(いさかい)が生じる。ましてや宗旨、国籍、人種が違えば、武力衝突や国際紛争も日常茶飯事だ。

雲門の示教
この法話を聞いた一人の僧は、答えが見つからず、玄沙と同門の雲門文偃(うんもん・ぶんえん864-949)禅師の下に赴き、示教(じきょう)を請うた。すると雲門禅師は「人にものを尋ねるなら、礼拝しろ」と注意した。
僧が礼拝すると、禅師はすかさず錫杖(しゃくじょう)で一突きした。僧が思わず後ずさりすると、禅師は、「見えるじゃないか」と言い、「こっちへ来い」と促した。僧が恐る恐る近づくと、禅師は「耳も聞こえるようだな」と言い、「どうだ分かったか」と聞いた。僧が「いいえ、分かりません」と答えると、禅師は、「何だ、唖者じゃないじゃないか」と言った。僧はこの時、覚念大悟(かくねんたいご)したと言う。
初めに立ち、全てのものに内在する至高神を見い出した者、換言すれば本来の自己に目覚めたものは、最早意思の疎通など問題ではない。天上天下我独り、今やるべきことを只管(ひたすら)やり通すだけである。

神の御業が現れるため
ある日、弟子と外出されたイエスは、生まれつき目が見えない盲人に出会われた。弟子たちはイエスに尋ねた。「先生、このものが生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。 イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである」と。(ヨハネ9:1-3)



禅宗と景教シリーズ一覧
◆禅宗と景教 シリーズ01:禅宗の起源
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 01:The Origin of Zen Buddhism
◆禅宗与景教 系列 01:禅宗的起源

◆禅宗と景教 シリーズ02:廓然無聖
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 02:Clear and void, no holiness
◆禅宗与景教 系列 02:廓然无圣
◆禅宗と景教 シリーズ03:再活現成
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 03:Spiritual rebirth
◆禅宗与景教 系列 03:再活现成

◆禅宗と景教 シリーズ04:十牛図
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 04:Ten Ox Herding Pictures
◆禅宗与景教 系列 04:十牛图
◆禅宗と景教 シリーズ05:鉄牛の機
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 05:The workings of the Iron Ox
◆禅宗与景教 系列 05:铁牛之机

◆禅宗と景教 シリーズ06:驀直に去れ
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 06:Go straight
◆禅宗与景教 系列 06:蓦直去
◆禅宗と景教 シリーズ07:劫火洞然
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 07:The conflagration at the end of the eon
◆禅宗与景教 系列 07:劫火洞然

◆禅宗と景教 シリーズ08:拈華微笑
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 08:Flower Sermon
◆禅宗与景教 系列 08:拈华微笑
◆禅宗と景教 シリーズ09:両手たたいて商いせん
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 09:Do your business clapping both hands
◆禅宗与景教 系列 09:不如鼓两掌做生意
◆禅宗と景教 シリーズ10:七転八倒
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 10:Writhing in agony
◆禅宗与景教 系列 10:七颠八倒

◆禅宗と景教 シリーズ11:創造の時
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 11:The time of creation
◆禅宗与景教 系列 11:创世的时
◆禅宗と景教 シリーズ12:花婿と花嫁の部屋
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 12:Groom and bridal suite
◆禅宗与景教 系列 12:新郎与新娘套房
◆禅宗と景教 シリーズ13:命の泉
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 13:Spring of water welling up to eternal life
◆禅宗与景教 系列 13:永生的泉源
◆禅宗と景教 シリーズ14:放下着
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 14:Gelassenheit
◆禅宗与景教 系列 14:放下着
◆禅宗と景教 シリーズ15:罪祭の羊Ⅰ
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 15:Lamb of Sin-offeringⅠ
◆禅宗与景教 系列15:赎罪祭的羔羊Ⅰ
◆禅宗と景教 シリーズ16:罪祭の羊Ⅱ
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 16:Lamb of Sin-offeringⅡ
◆禅宗与景教 系列16:赎罪祭的羔羊Ⅱ
◆禅宗と景教 シリーズ17:罪祭の羊Ⅲ
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 17:Lamb of Sin-offeringⅢ
◆禅宗与景教 系列17:赎罪祭的羔羊Ⅲ
◆禅宗と景教 シリーズ18:厩戸皇子Ⅰ
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 18:Prince of Stable Ⅰ
◆禅宗与景教 系列18:厩户皇子Ⅰ
◆禅宗と景教 シリーズ19:厩戸皇子Ⅱ
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 19:Prince of StableⅡ
◆禅宗与景教 系列19:厩户皇子Ⅱ
◆禅宗と景教 シリーズ20:厩戸皇子Ⅲ
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 20:Prince of StableⅢ
◆禅宗与景教 系列20:厩户皇子Ⅲ
◆禅宗と景教 シリーズ21:インモの道
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 21:The way of Suchness
◆禅宗与景教 系列 21:恁么道
◆禅宗と景教 シリーズ22:本来の師
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 22:One's own teacher
◆禅宗与景教 系列 22:本来师
◆禅宗と景教 シリーズ23:身心脱落
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 23:Body and mind will drop off naturally
◆禅宗与景教 系列 23:身心脱落
◆禅宗と景教 シリーズ24:万法帰一
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 24:The myriad things return to one
◆禅宗与景教 系列24:万法归一
◆禅宗と景教 シリーズ25:接物利生
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 25:Guiding and Aiding Living Beings
◆禅宗与景教 系列25:接物利生
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『聖霊のバプテスマ』とは一体何か
ヨハネ福音書の弁証法に従うなら、
【テーゼ】  『人は、人の子の証しを受け入れ、聖霊のバプテスマを受けることにより永遠の命を得られる(ヨハネ5:24)』。
【アンチ・テーゼ】  しかし、『地上の人間は、決して天から来たものの証しを理解できない(ヨハネ3:32)』。
それでは、地上の人間はどうして永遠の命を得られるのか。
【ジン・テーゼ】  『地上の人間は始めに神と共にあった言葉(ヨハネ1:1)に立ち返り、神が全き真理であることを自ら覚知すればよい(ヨハネ3:33)』。
文益禅師は「お前は慧超だ」と答えることにより、慧超自身の内に秘められた『真の自己(声前の一句)』を突きき付けたのである。(キリスト教の起源p.155)
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【参照】

《碧巌録》第八十八則:玄沙接物利生
【垂示】
垂示(すいじ)に云く、門庭(もんてい:禅宗)の施設(しせつ:道具立て)は、且(しばら)く恁麼(いんも)に二を破して三と作す。入理(にゅうり:哲学的)の深談(しんだん:考証)は、也(また)た須是(すべか)らく七穿八穴(しちせんはっけつ)すべし。當機(とうき:その機にあたって)敲點(こうてん:考究)して、金鎖(きんさ)玄關(げんかん)を撃碎(うちくだ)く。令(れい:至上命令)に據(よ)って行い、直得(ただち)に蹤(しょう)を掃(はら)い跡(せき)を滅(めっ)す。且(しばら)く道(い)え、淆訛(こうか:間違い)什麼(いずれの)處(ところ)にか在る。頂門(ちょうもん)の眼(まなこ:第三の絶対眼)を具(ぐ)する者、請う試みに擧(こ)す看よ。
【本則】
擧(こ)す。玄沙(げんしゃ)、衆に示して云く、諸方の老宿(ろうしゅく:長老)は盡(ことごと)く道(い)う、接物利生(せつぶつりしょう)と。忽(たちま)ち三種の病人の來たるに遇わば、作麼生(そもさん)か接せん。盲を患う者は、鎚(つい)を拈(ひね)り拂(ほ:払子ほっす)を竪(た)つるも、他(た)又た見えず。聾を患う者は、語言三昧するも、他又た聞こえず。唖を患う者は、伊(かれ)に教えて説(い)わしむるも、又た説い得ず。且(さ)て作麼生(そもさん)か接せん。若し此の人を接することを得ずんば、佛法は靈驗(れいげん)なしと。
僧、雲門に請益(しんえき)す。雲門云く、汝(なんじ)禮拜(らいはい)し著(じゃく)せよ。僧、禮拜して起(た)つ。雲門、拄杖(じゅじょう:錫杖)を以て挃(つ)く。僧、退後(たいご)す。門云く、汝は是(こ)れ盲を患わず。復た喚(よ)ぶ、近前(きんぜん)し來たれ。僧、近前す。門云く、汝は是れ聾を患わず。門、乃(すなわ)ち云く、還(ま)た會(え)すや。僧云く、會せず。門云く、汝は是れ唖を患わず。此に於て省(せい)有り。
【頌】
盲聾唖(もう・ろう・あ)、杳(よう)として機宜(きぎ:時宜)を絶す。
天上天下、堪笑(たんしょう)、堪悲(たんひ)。
離婁(りろう:千里眼を有する伝説上の人物)は正色を辨ぜず、
師曠(しこう:春秋時代の盲人楽師)は豈(あ)に玄絲(げんし:奥義、秘伝)を識(し)らんや。
爭如(いかんが)虚窓(こそう:扉もカーテンもない窓)下に獨坐せん、
葉落花開(らくようかいか)自ずから時有り。
復た云く、
還(ま)た會(え)す也(や)無しや、無孔(むく:穴のない)の鐵鎚(てっつい:のっぺらぼうの鉄の塊)。

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