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書評:聖霊のバプテスマ(迷える羊)

 イエスが言った、「御国は百匹の羊を持つ羊飼いのようなものである。それらの中の一匹、最大の羊が迷い出た。その人は九十九匹を残しても、それを見つけるまで、一匹を捜した。彼は苦しみの果てに羊に言った、『私は九十九匹以上にお前を愛する』と」。(トマス107)
『聖霊のバプテスマ』のゲマトリア
イエスが説いた『聖霊のバプテスマ』の真髄は、イエスの死後直ちにトマスによりインド、チベット、そして中国にまで伝えられ、『三一妙身』の教義として確立された後、景教や東方教会におけるキリスト教神学の中心概念になったのみならず、『再活現成』を根本宗旨とする禅宗や弥勒信仰、あるいは真言密教さらには、茶の湯、活花のたぐいにまで影響を及ぼした。トマス福音書によれば、『光の子ら』あるいは『父の子ら』としての本来の自己の認識(トマス3/50)が御国の現成であり、『聖霊のバプテスマ』の真髄である。

日本キリスト教団池袋キリスト教会初代牧師を務めたプロテスタント系聖書解説者の久保有政氏(1955-)によると、『光の子ら』や『父の子ら』のゲマトリアは、『153』らしい。『ゲマトリア』というのは、ヘブル語ないしはギリシャ語のアルファベットのそれぞれを数字に換算して、その意味を調べる学問のことで、例えば、旧約聖書≪ヨブ記≫第2章1節で「神の子たち」と訳されたヘブル語『ムーヒロエハーニベ(בני האלוהים)』の各アルファベットを、数字に換算し、それらを足すと、『153(40+10+5+30+1+5+10+50+2=153)』になる。ちなみにヘブル語は右から左に読む。
『153』は、1~17までの整数を全部足した数でもある。
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+11+12+13+14+15+16+17=153。
こうした数は、『トライアングル・ナンバー(triangle number)あるいは、『三角数』と呼ばれる。三角数は、1から始まり、3(1+2)、6(1+2+3)、10(1+2+3+4)・・・・と続き、『153』は17番目の『三角数』である。『ボーリング・ゲーム』のピンは第1列目にピンが1本あり、2列目に2本、3列目に3本、4列目に4本、合計10本で、これら全体が三角形を成している。この後ろに、もし5列目として5本並べれば計15本、6列目として6本並べれば計21本となるが、全体の形はつねに三角形のままである。

『153』は、三角数の中で非常に特別であるだけでなく、すべての数の中でも、非常に特別な意味を持った数である。たとえば1、2、3、4というように、連続した整数をかける場合、数学では、これを『4!』と書く。
すると、
 1!=1×1=1
 2!=1×2=2
 3!=1×2×3=6
 4!=1×2×3×4=24
 5!=1×2×3×4×5=120
であり、これを合計すると1!+2!+3!+4!+5!=153となる。
また、『153』を逆さまに読んだ『351』も、26番目の三角数である。
『153』の各桁の数値『1』、『5』、『3』を、それぞれ3乗して足すと、
153→(1の3乗)+(5の3乗)+(3の3乗)
=(1×1×1)+(5×5×5)+(3×3×3)
=1+125+27
=153
もとの『153』に戻る。
このように『153』は、非常にまれな数であることがわかる。
神と立方体

この『各桁の数字を3乗して足す』と言う作業を久保氏は『立方体化』と呼んでいる。同氏によれば、幕屋の至聖所が立方体であったことにも見られるように、立方体は重要な神的象徴であり、『3乗』という作業がそれにかかわっているのだと言う。
実は、どんな数であっても、それが3で割り切れる数でる限り、この作業を施せば必ず『153』に帰結する。
≪ヨハネ福音書≫第21章11節には、『シモン・ペテロが行って、網を陸へ引き上げると、百五十三びきの大きな魚でいっぱいになっていた。そんなに多かったが、網はさけないでいた。』と記されているが、これは福音書の著者が『ゲマトリア』に基づいて、最終的に救われる人の数を示したのだと言う。
旧約≪ゼカリヤ書≫第13章8-9節には、「全地はこうなる。─主の御告げ─その3分の2は断たれ、死に絶え、3分の1がそこに残る。わたしは、その3分の1を火の中に入れ、銀を練るように彼らを練り、金をためすように彼らをためす。彼らはわたしの名を呼び、わたしは彼らに答える。わたしは『これはわたしの民。』と言い、彼らは『主は私の神。』と言う。」と述べ、最終的に、神の救いに入る人々の数は、全人類の3分の1のみで、あとの3分の2は、神への信仰を拒むため、自分の罪の中で滅びることを預言していると言う。
『三位一体』のゲマトリア

久保氏によると、神学上、三位一体の『神』は『第1位格』と称され、『御子キリスト』は『第2位格』、『御霊』は『第3位格』と呼ばれる。カルヴァン派神学者ヘンリー・シーセン(1883-1947)著≪組織神学≫によれば、御子は御父から出た方であり、御霊は御父と御子から出た方である。1、2、3は、そうした順位、または序列を表しており、能力や本質においてその間に差があるということではない。しかしまた三位の間に区別がないということでもなく、ヘンリー・シーセンは、「三位一体とは、一つの神の本質のうちに、父、子、御霊としてそれぞれ知られる三つの永遠の区別があるということだ」と述べている。
第一位格『神』
三位一体の第1位格である父なる神を象徴する数は1である。神は唯一である。万物は神から出、神によって成り、神に帰する。1の3乗は1であり、神は全一である。
第二位格『御子』
御子キリストの位格数2の3乗は8であり(2×2×2=8)、イエスのギリシア語『イエスース(Ιησουs)』のゲマトリアは888である。(10+8+200+70+400+200=888)888も3で割り切れる数であるから、『各桁の数字を3乗して足す』と言う作業をを施せば、153に帰結する。さらに、以下のようにギリシャ語の『主』、『キリスト』、『救い主』、『御子』、『人の子』、『神性』という言葉のゲマトリアも、すべて8の倍数である。
主 Κυριοs(キュリオス)
20+400+100+10+70+200=800
=8×100
=8+8+・・・・+8
『キリスト』 Χριστοs(クリストス)
600+100+10+200+300+70+200
=1480
=8×185
=8+8+・・・・+8
『救い主』 Σωτηρ(ゾーテール)
200+800+300+8+100=1408
=8×176
=8+8+・・・・+8
『御子』 Υιοs(フィオス)
400+10+70+200=680
=8×85
=8+8+・・・・+8
したがって『8』はイエス自身(の救い)を象徴している。
第三位格『聖霊』
第三位格『3』の三乗は27(3×3×3=27)だが、聖霊のギリシア語『トー・ハギオン・プニューマ(Το Αγιον Πνευμα)』のゲマトリアは『1080』で、『27』の倍数になっている。
300+70+1+3+10+70+50+80+50+5+400+40+1
=1080
=27×40
聖霊は、聖書においてしばしば『息』に喩えられるが、人間が1時間にする呼吸の回数は平均『1080』回と言う。また『1080』も3で割り切れるから、例の『立方体化』すなわち『各桁の数字を3乗して足す』作業を施すとやはり『153』に帰結する。
三位は『別にして一』

そこで『三位一体』の『第一』、『第二』、『第三』位格は以下の通り、それぞれ『神』、『御子』、『聖霊』を象徴する数字とされる。
1の3乗= 1(御父の象徴数)
2の3乗= 8(御子の象徴数)
3の3乗=27(御霊の象徴数)
またこれら3つの数字の合計『36(1+8+27)』も第8番目の『三角数(1+2+3+4+5+6+7+8=36)』になっており、『36』は第1位格、第2位格、第3位格を合わせた三位一体の神を象徴している。
さらに『36』は3つの位格の三乗の和であり『36=(1の3乗)+(2の3乗)+(3の3乗)』、やはり立方体化がなされている。立方体の体積は、1辺の長さを三乗して求める。縦・横・高さは別のものであっても決して切り離せない。同様に、三位一体の神は御父・御子・御霊から成り、互いに区別されるが、切り離すことのできない一体のものである。
六芒星

六本の線分が交差する星型多角形の一種の『六芒星(ろくぼうせい)/ヘキサグラム』が、『ダビデの星』としてユダヤ教あるいはユダヤ人のアイデンティティの象徴とし用いられるようになったのは中世になってかららしい。しかしその宗教的使用は早くから始まり、ガリラヤの3-4世紀のシナゴーグのアーチの石材に刻まれた盾がその最も早い考古学的証左と言う(ウィキペディア)。
久保氏によると、小さな三角形を並べてダビデの星の形にするとき、最小のものは13個の三角形を必要とする。数学的には、1が六芒星数(ろくぼうせいすう)の最初とされ、13は2番目の六芒星数、3番目は37、4番目は73・・・・と続く。このうち3番目の六芒星数『37』は、特に重要な象徴的意味を有する。
何故なら『イエス』のギリシア語『イエスース(Ιησουs)』のゲマトリアである『888』、『キリスト』のギリシア語『クリストス(Χριστοs)』のゲマトリアの『1480』、『神性』のギリシア語『セオテース(Θεοτηs)』のゲマトリアの『592』、『主なるキリスト』のギリシア語『トー・キュリオー・クリストー(Τω Κυριω Χριστω)』のゲマトリアの『4440』、『神の御子』のギリシア語『テー・ウイウー・トゥー・セウー(Τη Υιου Του Θεου)』のゲマトリアの『2442』、『人の子』のギリシア語『ウイオス・トゥー・アンスロプー(Υιοs Του Ανθρωπου)』のゲマトリアの『2960』は、いずれも『37』の倍数になっている。
そればかりではない、この他、ギリシア語版新約聖書福音書のキリストの十字架上の最期を記述した部分のゲマトリアも『37』の倍数になっている。
例えば≪マタイ福音書≫27章50節「息を引き取られた(1480):アフェケ・ト・プニューマ(Αφηκε το πνευμα)」、≪マルコ福音書≫15章37節「イエスは大声をあげて息を引き取られた(3959):イエスース・アフェイス・フォーネーン・メガレーン・エクセプニューセ(Ιησουs αφειs φωνην μεγαλην εξεπνευ)」、≪ヨハネ福音書≫19章30節「霊をお渡しになった(1961):パレドーケ・ト・プニューマ(Παρεδωκε το πνευμα)」はいずれも『37』の倍数と言う。
このことからも、新約聖書(正典)は最初からギリシア語で書かれたことが窺える。また福音書の著者達は『六芒星数』やギリシア語ゲマトリアに関する相当の知識を有しており、その知識を駆使して福音書にゲマトリアを組み込んだのだろう。
エフライム族とマナセ族の役割

六芒星は、旧約聖書や新約聖書の背後に隠された秘義を解くゲマトリアを象徴する図像だが、この意味からすれば、『陰』を表す中央に切れ目のある横線(--)と『陽』を表す切れ目のない横線(-)を上下に6本重ねた64種類のヘキサグラムにより構成される中国古代の卜占の書≪易経≫も、天文人事の背後に隠された秘義を解くゲマトリアの一種と言えそうだ。この2種類の横線を爻(こう)、64種類のヘキサグラムを卦(け)と言う。
≪易経≫は、殷の時代から蓄積された卜辞が周の時代に集大成されたもので、魏晋南北朝時代の玄学(げんがく)の大家王弼(おうひつ226-249)は、卦(ヘキサグラム)は特定のオブジェクト(事)の背後にある一般原理(理)を識別するためのものと説いている。
『大秦景教流行中国碑』は、「『三一妙身(さんいちみょうしん)』の真(まこと)の主(しゅ)アッツラーフ(阿羅訶歟)は、十字を観照(かんしょう)して四方を定め、始元を鼓して風を起こし二気(陰陽)を生じた」と述べ、『三一妙身』こそ『アッツラーフ=ヤハウェ』の実体と説いているが、中国の春秋時代(BC770-BC500)の思想家老子は宇宙の創生に触れて「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。万物は陰を負いて陽を抱き、沖気(ちゅうき)以(も)って和を為す。(道徳経42章)」と述べている。王弼は≪易経≫の理念に基づいて、「全ての現象の根底にあってこれを統一するのが『一』であり、卦を構成する6本の爻の一本が基本原理を、他の5本が二次的原理を表している。これらの原理により『一』が成り立っている」と説明している。

六芒星は、ユダヤ教やキリスト教の他、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教の宇宙図の中にも見られ、英語版ウィキペディアは、共通する起源を有する可能性があると指摘している。またゲマトリアは、英数字コードのアッシリア・バビロニア・グリーク・システム(Assyro-Babylonian-Greek system)として始まり、後にユダヤ文化に取り入れられたと言う。
中国初の帝国秦王朝を築いた遊牧民の羌族や日本列島先住民の縄文人さらにはチベット人に特徴的な『Y染色体D』遺伝子を保持するとされるエフライム族とマナセ族がインドの六芒星の図像や中国のヘキサグラム(卦)の理念をメソポタミアにもたらし、同地におけるゲマトリアの発祥に寄与したのではなかろうか。最初期の六芒星の図像がガリラヤのシナゴーグに刻まれた3~4世紀は、奇しくもエフライム族やマナセ族が日本列島に大挙到来した大和王権の創生期に一致しており、日本文化に六芒星が取り入れられたのもこの頃に遡るのかも知れない。
迷える羊

 イエスが言った、「御国は百匹の羊を持つ羊飼いのようなものである。それらの中の一匹、最大の羊が迷い出た。その人は九十九匹を残しても、それを見つけるまで、一匹を捜した。彼は苦しみの果てに羊に言った、『私は九十九匹以上にお前を愛する』と」。(トマス107)
≪トマス福音書≫107節の『迷える羊』の譬えは、≪マタイ福音書≫18章12-14節と≪ルカ福音書≫15章4-7節に平行記事が存在するが、≪マルコ福音書≫には存在しないため、原典は≪Q語録≫と言うことになる。ちなみに、≪Q語録≫とは、マルコ福音書にはないが、マタイ福音書とルカ福音書に存在する平行記事の共通のソースを意味し、1900年頃までに成立した最も近代的な福音書考証学説の一つとされる。
日本語版『トマスによる福音書』の著者、荒井献氏によると、≪マタイ福音書≫の12節よりも、≪ルカ福音書≫4節に伝承の古型が残されているが、≪マタイ福音書≫の13節はQに近く、≪ルカ福音書≫の5-6節はルカによるQの書き換え。≪マタイ福音書≫14節と≪ルカ福音書≫7節は、いずれもマタイとルカによる編集句である。これに対して≪トマス福音書≫107節は、≪マタイ福音書≫と≪ルカ福音書≫の編集句が除去されており、全体として≪Q語録≫の古型が保存されている。
≪トマス福音書≫では譬え全体が『御国』の譬えとされており、譬えの比較点が『羊飼い』にされているため、≪トマス福音書≫に特徴的な譬えの『人間論化』の傾向が見られる。また迷い出た羊が『最大の羊』とされていることから、≪トマス福音書≫20節、76節、96節同様、救われるべき人間の本来的自己を示唆している。『苦しみの果てに』はイエスの受難を暗示し、『九十九匹以上にお前を愛する』は、百匹に不可欠な一匹だからである。
これを≪トマス福音書≫全体の人間観および救済観に照らして解釈すると、元来人間の原初的存在、即ち『御国』に属していた本来的自己(一匹の最大の羊)が非本来的なものの中に迷い出たために、原初的存在、とりわけ本来的自己の具現者(羊飼い)がそれを探し求め、それを見いだそうとした。この場合、原初的存在の具現者は、直接的にはイエスを指しているものと見られるが、本質的には人間の事柄なのである。
九十九匹が原初的存在に属しているとするなら≪トマス福音書≫107節の譬えは、≪マタイ福音書≫18章12-14節の譬えとほぼ同様の趣旨に見える。百匹の羊は、≪トマス福音書≫では本来『原初的存在』に、≪マタイ福音書≫では本来『教会共同体』に、それぞれ属すべきものと考えられており、その限りにおいて『九十九よりも一』と言う逆説は、どちらも成り立たない。しかし≪トマス福音書≫では、『百に成るべき一』が『一を欠く九十九以上に愛されている』のであって『一』それ自体が愛の対象ではない。
この点に関しては、≪トマス福音書≫とともにナグ・ハマディ写本に含まれていた≪真理の福音≫の『迷える羊』の譬えの解釈に一層明瞭に認められる。古代においては、『九十九』までは、左手で数え、『百以上』は右手で数える習慣が存在し、左手は『不完全』、右手は『完全』を意味した。故に最後の『一』は大いなる右手に属し、『百』は父を表していると言うのである。エイレナイオス(130?-202)はその著『異端反駁』の中で、ヴァレンティノス派グノーシス者のマルコス派がこの種の解釈をしていたことに言及している。いずれにしても≪トマス福音書≫は、『迷える羊』の譬えに『最大の羊』と言う一句を加えて、これを羊飼いの苦難の動機とし、最終的にイエス自身に『私は九十九匹以上にお前を愛する』と語らせることにより、人間の本来的自己を取り戻す『魂の救済者』としてのイエス像を描き出していると言う。<以下次号>

『聖霊のバプテスマ』とは一体何か
ヨハネ福音書の弁証法に従うなら、
【テーゼ】 『人は、人の子の証しを受け入れ、聖霊のバプテスマを受けることにより永遠の命を得られる(ヨハネ5:24)』。
【アンチ・テーゼ】 しかし、『地上の人間は、決して天から来たものの証しを理解できない(ヨハネ3:32)』。
それでは、地上の人間はどうして永遠の命を得られるのか。
【ジン・テーゼ】 『地上の人間は始めに神と共にあった言葉(ヨハネ1:1)に立ち返り、神が全き真理であることを自ら覚知すればよい(ヨハネ3:33)』。
文益禅師は「お前は慧超だ」と答えることにより、慧超自身の内に秘められた『真の自己(声前の一句)』を突きき付けたのである。
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