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『ユダヤ教の誕生と東方伝播(キリスト教の起源)』スライドショー第3話:神輿


<スライドショー第3話:御輿>

エジプトのラメセスを旅立ち約束の地カナンを目指したイスラエルの民は40年間シナイの荒野を彷徨(さまよ)った後、死海の北東モアブ平野に位置したアベル・シッテムにたどり着いたが、モーセはヨルダン川の東岸ネボ山の頂きからカナンの地を遠望しながら120歳の生涯を閉じ(申命記31)、モーセにしたがってエジプトを脱出したイスラエルの民も全員死に絶えた(ヨシュア記5:6)。
エフライム族の西岸侵攻

それから数世代を経て、古モンゴロイド系遊牧民のエフライム族が、肥沃なヨルダン川西岸への侵攻を試みたが、攻めあぐんだ。そこで、エフライム族の指導者ヨシュアは、同じ古モンゴロイド系のマナセ族のみならず、ヨルダン川東岸の荒野に居住していた他の遊牧民とともに、共同戦線を構築し、西岸の農耕民の都市国家を攻略することを思いついた。自ら割礼しユダヤ教に改宗することによりモーセの後継者の地位を獲得したヨシュアは、遊牧民十二部族の共同戦線を構築することに成功した。

神輿の起源
ヨシュアは、レビ族の祭司たちにモーセの十戒を記した石板を収めた契約の箱を担がせ川岸に立たせた。2000キュービット(890メートル)ほど離れて十二部族の長(おさ)たちがイスラエルの民全員を従えてこれに続いた。
契約の箱を担いだ祭司たちの足がヨルダン川に一歩踏み込むと、川の水ははるかかなたのザレタンの傍らのアダムの町あたりで堆(うずたか)くせき止められたため、イスラエルの民は乾いた川底を歩いて対岸のエリコにたどり着くことができた。契約の箱を担いだレビ族の祭司たちは、この間干上がった川底に立ち続けた(ヨシュア記3:9-17)。

遊牧文化と農耕文化の合体
こうしてヨシュアは、首尾よく西岸の農業都市国家を制圧、イスラエルの十二部族がヨルダン川東西両岸を支配する時代が到来した。その後、ダビデとソロモンの時代にイスラエルは、部族連合から統一王国に変身、全盛期を迎えた。
カナン征服神話は、ヨルダン川東岸の遊牧文化と西岸の農耕文化が合体する数世代あるいは数百年にわたる歴史プロセスが、ソロモン王の宮廷において、英雄ヨシュアによる一大スペクタクルとして創作されたものと見られる。
グローバリズムとナショナリズムの淵源

放牧地を求めて移動する遊牧民は文化のグローバル化を促す遠心力として機能し、一カ所に定住することを好む農耕民は、ナショナリズムを醸成する求心力として機能したが、イスラエルの民は、双方の特性を兼ね備えていた。
古代イスラエル王国は、ソロモンの死後、北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂し、その後、それぞれアッシリアと新バビロニアに滅ぼされた。このため、世界各地に離散したイスラエルの民が、エルサレム神殿での礼拝や犠牲の儀式に替えて、最寄りの集会所で礼拝を行うようになった。これがシナゴーグの起源とされる。
他方、シナゴーグに正式に加わることのできない未割礼の所謂異邦人ユダヤ教徒が急増したことから、これらの異邦人ユダヤ教徒のためのエクレシア(ecclesia:教会)がローマを初めとする地中海沿岸地域に誕生した。こうしてイエスが誕生する数百年前にスタートした教会運動が、大潮流となってユダヤ教の総本山エルサレムに押し寄せる中で、エルサレム教会が誕生した。
ローマ統治下のユダヤ戦争の結果、エルサレムはパレスチナに名称を変更され、ユダヤ人は城外に追放された。その後、東ローマ帝国が滅亡すると、少なからぬユダヤ人が世界各地に離散したが、大部分の住民は、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒としてパレスチナに残留したものと見られる。

教会内におけるグローバリスムとナショナリズムの相克
キリスト教会におけるグローバリスムとナショナリズム相克の淵源はヘブライスト信者とヘレニスト信者の対立から、エルサレム教会が発足直後にモーセの律法を重視するイエスの道を説く小ヤコブに率いられるエルサレム教会と割礼やモーセの律法から解放されたイエスの道を説いたパウロに率いられるアンティオキア教会に分裂した時代にまで遡りそうだ。
ローマン・カトリック教会は、元々パウロが説く律法から解放されたイエスの道に忠実なヘレニスト信者により創設されたものだが、4世紀になって両派の和解が成立、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ、4福音書を新約聖書の正典にするとともに、初代教皇に、パウロでも、小ヤコブでもない、ペテロを叙した。
東方正教会の成立

キリスト教会はその後、イエスの人性と神性を巡り西暦451年に催されたカルケドン会議において東西に分裂した。
同会議では「キリストが神性と人性の双方を有する」と言う『両性説』が確認され、コンスタンティノープル大修道院長エウテュケスが唱えた「イエスにおいて人性は神性に吸収された」とする『単性説』が否定され、同時に、『両性説』は認めたもののイエスを生んだマリアを『神の母』と呼ぶことを拒み、『キリストの母』呼んだコンスタンティノープルの総主教ネストリウスも改めて異端と裁定された。
ちなみに、東方教会は、これに先だつ421年のマルカブタ教会会議において、「東方教会総主教は、キリストに対してのみ応答する」と述べ、事実上、東方教会の独立を宣言していた。
エウセビオスの教会史(Historia Ecclesiastica、I、xiii)によれば、聖タダイが、西暦1世紀半ばにエデッサを都としたローマの属州オスロエネのアブガル5世を改宗させた時、キリスト教がアッシリアに定着した。西暦129-140年にはアッシリアが世界最初のキリスト教国家となり、西暦161年までにメディア、ペルシア、バクトリアにキリスト教が広まり、東方諸教会が成立した。アッシリア東方教会は、中国では景教(Luminous Religion/ Nestorianism)と称された。

十戒からマルキシズムへ
東方諸教会はローマン・カトリック教会の羈縻に服せぬ点では一致したものの、決して一枚岩ではなかったことが窺える。
またローマン・カトリック教会は、大航海時代には、西欧資本主義の市場拡大の先導役を務めたが、個々の西欧諸国のナショナリズムの相剋からカトリック、新教、英国国教会、清教徒に分裂した。
こうして神輿(契約の箱)の中身は、十戒、モーセ五書、新約聖書、コーラン、大蔵経、資本主義、共産主義へと推移したが、グローバリズムとナショナリズムの内的確執は維持された。
ロシアのウクライナ侵攻と米中対立

1991年のソ連邦の崩壊により米国の一強支配時代が到来すると、共産主義に替えてギリシア正教の流れをくむロシア正教を国家統合のイデオロギーに掲げるプーチン大統領は、雪崩を打ってNATOに加盟する東欧諸国の動きを制止する狙いからウクライナ侵攻に着手した。
他方、市場経済を導入し急成長を遂げた中国が一帯一路のグローバル化路線を導入したため、極東における米中の対立も表面化した。
『失われた30年』と称される経済の長期低迷打開を目指して異次元の金融緩和策を導入した安倍政権は、何ら成果を上げることができず、辞任に追い込まれただけでなく安倍氏自身が凶弾に倒れた。コロナ・ウィルスの蔓延とウクライナ紛争に伴う資源・原料価格の高騰から世界的な景気後退とインフレが進行する中、日本政府は、外交的にも経済面でも方向を見失い混沌状態に陥っている。
今日、欧米の支援を受けたウクライナ軍の反撃でロシアが予想外の苦戦を強いられているだけでなく、インフレ高騰に悩む米欧諸国も長期化するウクライナ支援が重荷になりつつある。したがって、今や、米国も欧州もロシアも中国も方向を見失い立ち往生した感がある。
蛇呑蝦蟇

中国唐代の禅僧、洞山了价(どうざん・りょうかい807-869)禅師にある日、一人の僧が「蛇が蛙を呑み込む時、助けるべきでしょうか、それとも助けぬべきでしょうか」と尋ねた。洞山は「もしお前が助けるなら、お前の両目は節穴だ。もし助けないならお前は影も形もない」と答えた。≪洞山語録≫
ハワイ州立大学マノア校で哲学を講義した張錘元(チャン・チュンユアン1907-1988)教授は、この一風変わった公案により、洞山の悟りの境地を目の当たりにすることができると述べている。それによると、洞山のこの答えは、『五位偏正』の理論の『兼中到』のアプローチに基づいており、彼は蛙の命を救うことからも救わないことからも解放されていると言う。
それから、暫くして、洞山禅師が井戸端で鉢を洗っていると、二羽のカラスが一匹の蛙を捕まえようとして、互いに譲らず凄絶な喧嘩が始まった。
折しも上述の僧が通りかかり、「一体どうしてこんな事になったのか」と尋ねた。すると洞山禅師はただ一言、「お前のせいだ」と言った。
つまり、大死一番再活現成して宇宙と一体になった『単独者(Androgyne)』にとっては、井戸端で二羽の烏が蛙を取り合うのも、第三次世界大戦が勃発するのも、皆自分のせいと言うのである。従って、一瞬一刻を、ここが思案のしどころと、薄氷を踏むが如く進まねばならない。(碧巖録第四十一則)
華厳法界観門

中国の華厳僧、法蔵(ほうぞう643-720)は、『一(普遍性)』と『多(特殊性)』の間の妨げられることのない完全な相互ソリューションの概念を10個の鏡の相互反射と言う喩えで説明した。彼は10個の鏡を上下四方に向かい合わせに配置し、中央にイルミネーションを施した仏像を立たせた。それぞれの鏡には仏像が投影され、またそれぞれの鏡には他の全ての鏡の中の像が、相互に無限に投影された。一つの鏡は、他の九つの鏡に投影され、これらの九つの鏡は、同時に一つの鏡にとり込まれる。言い換えれば、一は全てに内在し、全ては一に包摂される。
≪華厳法界観門≫の注釈書を書いた圭峰宗密(けいほうしゅうみつ:780-841)は、この道理を以下のように定式化した。
1.『一摂一切、一入一切』:一が全てに摂取される時、一は全てに浸透する。
2.『一切摂一、一切入一』:全てが一に摂取される時、全てが一に浸透する。
3.『一摂一、一入一』:一が一に摂取される時、一は一に浸透する。
4.『一切摂一切、一切入一切』:全てが全てに摂取される時、全てが全てに浸透する。
五位偏正

洞山禅師は、さらに一段と工夫を凝らし、宗密が『一摂一切、一入一切』/『一切摂一、一切入一』/『一摂一、一入一』/『一切摂一切、一切入一切』の4句で表現した『特殊性と普遍性の融合』と言う概念を、『正中偏』と『偏中正』と言うより簡潔な2句に収攬した上で、こうした『形而上学的理解』から『霊的覚醒』に飛躍する3つのプロセス、『正中来』/『偏中至』/『兼中到』を加え、『五位偏正』の理論を構築した。
1. 正中偏:普遍性の中の特殊性
2. 偏中正:特殊性の中の普遍性
3. 正中来:普遍性から入る悟り
4. 偏中至:特殊性から到達する悟り
5. 兼中到:普遍性と特殊性の間から到達する悟り
三すくみ

今日、欧米諸国は、中露に核兵器使用させる危険を冒してウクライナ紛争や台湾有事に介入するか否かの岐路に立たされているが、欧米諸国のみならず全人類が、『蛇呑蝦蟇』の公案に参じてみる価値がありそうだ。
中国上代の思想家は、その著『関尹子(かんいんし)』の『三極』の章において次のように説いている。蝍蛆(うじ)は蛇を食べ、蛇は蛙を食べ、蛙は蝍蛆を食べ、相互に食い合う。聖人の言葉もそのようなものだ。有無の弊害について述べ、有でなく無でないことの弊害について語り、有でも無でもないことの弊害をなくすことを説いている。その言はかくのごとく、巧みで聖なる者は、一言も留めない。
『聖霊のバプテスマ』とは一体何か

ヨハネ福音書の弁証法に従うなら、
【テーゼ】 『人は、人の子の証しを受け入れ、聖霊のバプテスマを受けることにより永遠の命を得られる(ヨハネ5:24)』。
【アンチ・テーゼ】 しかし、『地上の人間は、決して天から来たものの証しを理解できない(ヨハネ3:32)』。
それでは、地上の人間はどうして永遠の命を得られるのか。
【ジン・テーゼ】 『地上の人間は始めに神と共にあった言葉(ヨハネ1:1)に立ち返り、神が全き真理であることを自ら覚知すればよい(ヨハネ3:33)』。
文益禅師は「お前は慧超だ」と答えることにより、慧超自身の内に秘められた『真の自己(声前の一句)』を突きき付けたのである。
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