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『契約の民の流浪史』スライドショー第五話:パウロ神学とディープステート論争










<スライドショー第五話>
新型コロナの流行と時を同じくして、米国発のディープステート陰謀論が全世界に飛び火、日本語版ウィキペディアによると、2020年以降、イギリスやフランス、ドイツと日本では『特に強力で大規模な』運動が展開されるようになったと言う。コロナ・ウィルス同様、それぞれの国の状況に応じた変異株が存在するようだが、西欧社会においては、その淵源はパウロ神学にあるようだ。
神の恵み

パウロ(BC?-AD65?)は≪エフェソ信徒への手紙≫や≪ローマ信徒への手紙≫の中で『聖霊のバプテスマ』とは、罪人(つみびと)に対する神の恵み(grace/mercy)と説いているが、この『恵み』と言う概念が様々に解釈され、神学論争に発展、カトリックとプロテスタントの分岐点になったのみならず、西欧の近代哲学や経済・政治理論にまで影響を及ぼした。
『聖霊のバプテスマ』は、キリスト教徒のみならず36億人のアブラハムの宗教信者にとって信仰の根幹に関わる概念でありながら、その解釈の相違が過去数百年にわたり宗教紛争や哲学・政治・経済論争の原因になってきた。
テルトゥリアーヌスの『賜物』

教父テルトゥリアーヌス(Tertullianus:150/160-220?)は、『恵み』は、人間が罪性を克服するために天から与えられる『力』あるいは『賜物』と説明した。ギリシヤ哲学の影響を受けた彼は、『恵み』を一つの実体として、エネルギーを持った物質のように捉えたようだ。
神の性質を表すために『三位一体』という言葉を作り出したのはテルトゥリアーヌスであり、キリスト教に関わる合計982の新語を発明したと言う。(ロビン・ダニエル著ディス・ホーリー・シード)
この恵みという賜物は洗礼(バプテスマ)を通して与えられ、その賜物を活用することによって、信仰者は罪を犯さずに生活し、やがて救いに到達できると言う。
テルトゥリアーヌス以後、恵みとは、秘跡(サクラメント)を通して分与される賜物と見なされた。そして、この賜物の果す役割は、堕落した人間性を克服することにあった。

ペラギウスの『生来説』
英国出身の修道士ペラギウス(Pelagius: AD 360?-418?)は、「創造主の恵みによって与えられた『理性』と『自由意志』とは、『堕罪(だざい)』によって破壊されることはない」とし、「人間は新しく造られてこの世に出て来る時に、恵みの可能性をすでに内に宿して生れてくる」と主張、ゆえに「救いは、この生来の恵みに見合うだけ、どれだけ努力するか、どれだけ成し遂げるかにかかっている」と唱えた。
ペラギウスは、「神は人に信じる自由と信じない自由、従う自由と従わない自由を与えた。そして神の裁きはそれぞれの人が行った選択に対してなされる」と説いた。

アウグスティーヌスの『反生来説』
アウグスティーヌス(Augustinus:354-430)は、ペラギウスに反論し、「創造時の恵みは堕罪において失われ、人間の理性は暗くなり、意志はゆがめられ、その状態はアダムの子孫である全人類に及んでいる。結局のところ、人間は堕落した存在(fallen being)で、本質的に罪人であり、神の非難に値する反逆者である」と主張した。
スコラ哲学

ペラギウスとアウグスティーヌス双方の影響を受けた、中世のスコラ哲学は、プラトンのイデア論およびアリストテレスのヒロモルフィズム(質料形相論)に基づき、人間存在を下層(nature)の『理性』・『知性』・『意志』と、『恵み』によって与えられた『信仰』・『希望』・『愛』から成る上層(grace)に分け、現世の人間は、アダムが犯した原罪(堕罪)により、霊的上層部が失われた状態に陥っている。そこで人間が救われるには、堕罪により失われた上層部を取り戻す必要があり、それを実現するのが『恵み』であり、また神の恵みは、人間の側の努力(功績)に対する報酬として施されると説いた。
トマス・アクィナスの『神の恩寵』

これに対して、アリストテレスの哲学とキリスト教の原則の統合を試みたことで知られるイタリアのドミニコ会修道士、トマス・アクィナス(Thomas Aquinas:1225-1274)は、人間存在の上層としての『信仰』・『希望』・『愛』と言った霊的側面は、人間的努力を通じて取り戻すことは不可能であると主張、『神の恩寵(gratia infusa)』が外から注入されねばならないと説いた。
この注入によって人間の内部に新しい性質(habitus)が形成される。それに従って生活する中でさらに恵みが加えられ、功績が蓄えられ、最後にこの功績に報いる永遠の救いが得られると言う。
ルターの『信仰義認』

パウロの『ローマ書』に傾倒したマルティン・ルター(Martin Luther:1483-1546)は、『救い』は、ただ神の恵みのみによるもので(sola gratia)、恵みは、人類の罪を贖うイエス・キリストに対する信仰を通じて無償で提供されると説いた。
彼は、『恵み』と『功績』を結びつけた中世神学を否定、替わりに『恵み』と『信仰』を結合した。
ルターは『福音の本質』は人間が努力して善行を積み上げ神に近づくのではなく、キリスト(に対する信仰)を通じて神の方から人間に近づくことであると説いた。
ルターにとって最も重要なことは、『信じる』だけで罪人(つみびと)を『羲』と認める神のはたらきであり、『救い』もしくは『贖い』とは、イエスを『メシア』として認める『信仰』を通じてのみ手に入れることができる神の恩寵であるとした。
デカルトの『渦動創世説』

スコラ哲学の方法論に立ってスコラ哲学批判を展開したルネ・デカルト(1596-1650)は、彼の『明晰判明の規則』に基づき、「我思う、故に我あり」という唯一の第一原理(single first principle)を導き、さらに存在論(ontological argument)と商標論(trademark argument)双方に立って『慈悲深い神』の存在を証明した。
さらに、初歩的な『慣性の法則』や『運動量保存の法則』も発見したデカルトは、粒子の渦状の運動として宇宙の創生を説く渦動説を唱えた。
しかし、ブレーズ・パスカル(1623-1662)はその著『パンセ』の中で「アブラハム、イサク、ヤコブの神は、哲学者、科学者の神にあらず」と批判した。
ルソーの『社会契約説』

産業革命が進行し、産業資本家が台頭、絶対王政や封建制が動揺する中で、ジュネーブの時計職人の子、ジャン=ジャック・ルソー(1712-1778)は、人間の自由を束縛する社会的不平等を批判するとともに、人間は私益を目指す『特殊意志(Particular will)』と公共の利益を目指す『一般意志(General will)』を供えているとし、人間本来の自由を回復するため、社会契約を通じて、各人は『特殊意志』を捨て『一般意志』の指導に全面的に服従することを誓うべきだと主張した。
スミスの『自由放任論』

これに対してスコットランドの啓蒙思想家アダム・スミス(1723-1790)は人間は本来私益を図る『利己心』と他人を思いやる『共感』を兼ね備えており、こうした道徳感情が『公平な第三者』として各人の内部で『利己心』を抑制するため、各人の自由な経済活動は、『市場原理』と言う『神の見えざる手』に導かれ、社会全体の利益増大をもたらすと言う『自由放任経済』を提唱した。
ルソーの『社会契約説』も『神の見えざる手』に導かれたスミスの『自由放任論』も、パウロが『ローマ書』の中で説いた再臨したイエスが樹立するであろう王国の具現を想定したものと言えそうだ。
カントの『目的の王国』

ケーニヒスベルク大学の哲学教授イマヌエル・カント(1724-1804)は、「最高の目的は幸福ではなく、幸福を受けるに値する人格の完成である」とし、全ての人間が互いの人格を目的として尊重しあう社会を『目的の王国』と呼んだ。
カントは『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』の三批判書を著し、認識は外在する『物』をそれぞれの感覚器官(眼耳鼻舌身)の形式(色声香味触)によって受容し、理性の理解能力に応じて加工された『現象』として捉えるが、『物自体』は『不可知』であるとした。したがって現象は認識後はじめて存在するのであって、認識される前に『物自体』として存在していた訳ではないとする認識論の『コペルニクス的転回』をもたらした。
カントはまた『理性』を科学を対象にした『理論理性』と道徳を対象にした『実践理性』に分類し、人間が自由なら必然性は成り立たず、人間が必然性に支配されるなら意志の自由は存在しないが、これは『物自体』と『現象』を同一視した結果生じた疑似問題であり、人間の意志は『現象』としては自由が存在し、『物自体』としては必然性を追究できる。したがって、『理論理性』の対象としての科学と『実践理性』の問題としての道徳は、それぞれの限界内で両立すると説いた。
ヘーゲルの『絶対精神』

精神が物質から分離する以前の絶対者としての神の働きを『絶対精神』と呼んだゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(1770-1831)は、「歴史は、本来眼に見えない『絶対精神』が自己否定して眼に見える物質として外化して行く過程であり、世界の本質が自由で理性的な精神であることを自覚するに至ったものが『人間精神』である。『人間精神』は、『民族精神』や『時代精神』として、また主観的な『個人精神』として現れる」と説いた。
チュービンゲン大学付属のプロテスタント神学校チュービンゲン・スティフでカント哲学やキリスト教史を学んだヘーゲルは、「人間の自由は、社会や歴史と無関係ではあり得ず、個人の人格を超えており、歴史がある段階に達しない限り、個人の意志や願望によって自由を実現することはできない」と考えた。
マルクスの『唯物史観』

ユダヤ教ラビの家庭に育ったカール・マルクス(1818-1883)は、社会の歴史的発展段階に注目したヘーゲルの『弁証法哲学』を受け継いだ。彼は、物質的生産活動こそが人間の本質と見なす『唯物論』の立場から、『封建的経済制度』は『ブルジョア革命』により『資本主義経済制度』に移行し、最終的に『労働者革命』により『共産主義経済制度』に移行することを論証しようとした。
マルクスの『プロレタリア革命論』には、世界最終戦争(ハルマケドン)を預言した『黙示録』や『イエスの再臨信仰』の影響が窺える。1844年にパリで発行された『独仏年誌』創刊号に当時25歳のマルクスは、「ユダヤ人はもはや宗教的人種的存在ではなく、隣人から被った扱いによって貸金業その他の職業を余儀なくされている純然たる経済的階級である。だから彼らは他の階級が解放されて初めて解放される」と、ユダヤ人の運命に関して奇しくもパウロと同じ結論を表明している。同誌は創刊号のみで廃刊になった。
マルクスの死後34年を経た1917年にロシア革命が起こり、世界初の社会主義国家『ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国』が誕生、その後、東欧、アジア、中南米、アフリカに社会主義政権が続々樹立された。こうして世界は資本主義陣営と社会主義陣営が拮抗する東西冷戦時代を迎えた。
コーエン・ロスチャイルド一族の御曹司

近現代史コメンテーターの林千勝(はやしちかつ1961-)氏によると、マルクスは、コーエン・ロスチャイルド一族の御曹司だった。
マルクスの祖母はロンドン・ロスチャイルド家の創業者ネイサン・メイアー・ロスチャイルド夫人の従姉妹で、英国の綿繊維産業を牛耳るユダヤ人富豪コーエン一族のメンバーだった。コーエンは聖書由来のユダヤ人名で、コーエンと言う姓は、一般に父系の祖先がエルサレム神殿の祭司であったことを示している。つまりマルクスはモーセ同様にレビ族祭司の血筋だったものと見られる。
フィリップス電器の創業一族でマルクスの母方の従兄弟フレデリック・フィリップスがマルクス家への財政支援を行っていた。
マルクスの妻イエニはプロシアの貴族出身で、その兄フェルディナンド・ウェストファーレンは、プロシアの内務大臣を務めていた。

王立技芸教会本部で第一インター会議
1862年44歳で英国に渡ったマルクスはロイヤル・ソサイアティー・オブ・アーツ(RSA:王立技芸協会)から栄誉称号(FRSA)を授与された。ロンドンのRSA本部オフィスの使用権を認められたマルクスは、第一インターナショナルの会議も同オフィスで行ったものと見られる。
マネー・グローバリズム

林氏によると、米国、ソ連、共産中国の建国や、第一次、第二次世界大戦の発生、国際連盟や国際連合の誕生の背後には常にディープステートが関与しており、その実体はユダヤ金融資本だった。
建国以来米国の大統領選挙がディープステートに操られてきた様に、戦前戦後の日本政界もディープステート変異種のいわゆるジャパンハンドラーに操られて来たと言う。
トランプ氏と福音派

さて、トランプ前大統領とその側近が、就任当初から高級官僚の一部が、ディープステートを形成して大統領権限の弱体化を図っていると主張したことから、ディープステート陰謀論が米国内ばかりでなく、全世界に伝播した。
多摩大学学長で一般財団法人日本総合研究所会長を務める評論家の寺島実郎(てらしま じつろう1947-)氏によると、トランプ支持者の中核とされる米国の福音派は、福音書の内容を教条的に信じるメソジスト派、ホーリネス派(聖霊派)、ペンテコステ派、バプティスト派、南部バプティスト連盟、改革長老派等、大部分カルヴァン派から成る宗教右派の総称で、イスラエルと親和性を有すると言う。
ヘレニスト信者を率いたパウロは、『モーセの律法に依らず、信仰によって義と認められるイエスの道(ローマ3:28)』を説き、キリスト教をグローバル化した。しかし、4つの正典福音書の内、ルカ福音書を除く3つの福音書は、エルサレム教会に属する、モーセの律法(旧約聖書)に忠実な反グローバリズムのヘブライスト派により編纂された。したがって福音派がイスラエルと親和性を有すると言うのも頷ける。しかしイスラエルをバックアップしているのは、グローバリズムを推進するユダヤ金融資本であり、林氏によれば、それこそディープステートの実体である。
新世界秩序

林氏によると、ディープステートが目指すものはマネー・グローバリズムを具現する『新世界秩序』の構築であり、共和党であれ、民主党であれ、レーニンであれ、スターリンであれ、鄧小平であれ、習近平であれ、その目的実現に資する限り、これを支援してきたと言う。
グローバリズムと反グローバリスムの図式から見る限り、ディープステート論争の淵源は、ヘレニストのためのキリスト教を説いたパウロとモーセの律法に忠実なヘブライストのためのキリスト教を説いたエルサレム教会の対立にまで遡りそうだ。
当時のヘレニストとヘブライストにとってのディープステートは、自派に敵対する大祭司一族、サンヘドリン、ヘロデ王室、ローマ総督、ファリサイ派やサドカイ派等のユダヤ教諸派であり、決して一枚岩ではなかった。同様にマネー・グローバリズムを具現する『新世界秩序』の構築を目指す今日のディープステート勢力も一枚岩ではないようだ。
グノーシスティック『新世界秩序』の構築

イエスは、ヨハネから洗礼を受けた瞬間から十字架を負いまっしぐらにゴルゴダの丘に向かって突進し、そのことを通じて、全人類に『聖霊のバプテスマ』を施し、パウロも小ヤコブもペテロも、内なる聖霊(覚知=グノーシス)に依拠した信仰を説いた。一方、フリーメイソンはグノーシス(覚知)・重力・天才・生殖・幾何のメイソン思想を具現する中央に『G』の文字を配した五芒星のエンブレムを各ロッジに掲げている。
パウロは≪コロサイ人への手紙≫の中で、「互いに空虚な言葉の遊び(lie)にふけるのは止めなさい。なぜならあなた方はすでに古い人格を、その習わしとともに脱ぎ捨て、創造主の形象にならって日々新たにされる正しい知識(Gnosis)に基づく新しい人格(new self)を身につけたのではありませんか。そこには、ギリシヤ人もユダヤ人もなく、割礼と無割礼もなく、未開人、スクテヤ人、奴隷、自由人の差別はない。キリストがすべてであり、キリストはすべてのものに内在しています(コロサイ人への手紙3:9-11)」と説いている。
今や人類は、アダムとイブが分離する以前の本来の自己に立ち返り(トマス福音書45/85節)、東西の対立を超えた内なる聖霊=グノーシスに基づく『新世界秩序』を構築する時を迎えているようだ。

『聖霊のバプテスマ』とは一体何か
ヨハネ福音書の弁証法に従うなら、
【テーゼ】 『人は、人の子の証しを受け入れ、聖霊のバプテスマを受けることにより永遠の命を得られる(ヨハネ5:24)』。
【アンチ・テーゼ】 しかし、『地上の人間は、決して天から来たものの証しを理解できない(ヨハネ3:32)』。
それでは、地上の人間はどうして永遠の命を得られるのか。
【ジン・テーゼ】 『地上の人間は始めに神と共にあった言葉(ヨハネ1:1)に立ち返り、神が全き真理であることを自ら覚知すればよい(ヨハネ3:33)』。
文益禅師は「お前は慧超だ」と答えることにより、慧超自身の内に秘められた『真の自己(声前の一句)』を突きき付けたのである。
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