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『契約の民の流浪史』スライドショー第八話:カリスマの呪縛

<スライドショー第八話>
政治集会における観客動員力でカリスマ性を認められたヒトラーは、30歳でナチ党の表看板としてトップに躍り出たが、リーダーのカリスマ性は、政治闘争における間断無き勝利によってのみ維持され、ヒトラーはこの呪縛から最後まで解放されなかった。:石田勇治教授
ナチス法務局長の手記

アドルフ・ヒトラーの個人秘書兼ナチ党法務局長を務めたハンス・マイケル・フランクは、処刑される前に、『死に直面して(Im Angesicht des Galgens)』と題する回想録を著し、その中で、1930年にヒトラーの出自調査をヒトラー本人から依頼されたというセンセーショナルな事実を明らかにした。
彼は同回想録の中で、ヒトラーの祖母マリア・シックルグルーバーは、ヒトラーの父親アロイスを私生児として生む前にグラーツ市のユダヤ人フランケンベルガー家で料理人として働いていたと述べ、同家の19歳の息子レオポルド・フランケンベルガーがアロイスの父親であったと示唆するとともに、フランケンベルガー家の戸主が、子供が14歳になるまで、息子に代わって定期的に養育費を支払っていたと言う事実を明らかにした。アロイスは40歳になるまで母の姓を用いていたが、その後、名前をアロイス・シックルグルーバーからアロイス・ヒトラーに変更した。
信憑性

しかし、1970年に、アントン・アダルベルト・クラインという研究者がナチス法務局長の手記を徹底調査した結果、1830年代にグラーツにフランケンベルガーと言うユダヤ人の家族は存在しなかったことが明らかになった。実際のところ、1860年代までオーストリアのその地域にはユダヤ人の居住が許されておらず、当時シュタイアーマルク州全体にユダヤ人は皆無だった。 このため、ナチス法務局長の手記は信頼できないと判定されたと言う。
ユダヤ人と親密だった青年時代のヒトラー

他方、16歳から24歳まで、ウィーンで絵描きとして生計を立てていたヒトラーは、画商兼額縁商のヤコブ・アルテンベルク、雑貨行商人ヨーゼフ・ノイマン、同じアパートの住人で作品販売の仲介役も務めたジークフリート・レフナー等、少なからぬユダヤ人と親密に交流していた。
津田塾大学の藤村瞬一名誉教授は、「ヒトラーのウィーンにおける青年時代の生活には、ユダヤ人の存在が欠かせず、後年どうしてあのような極端なユダヤ人憎悪に走ったのか、何が彼をそのように変質させたのか、究明しなければならない問題が残る」と指摘している(『ヒトラー=ユダヤ人』説の実態)。
カリスマ指導者の呪縛

東京大学大学院の石田勇治(いしだ ゆうじ1967-)教授も、日本記者クラブ(JNPC:Japan National Press Club)における『ヒトラーとは何者だったのか』と題する講演において、「30歳になるまでのヒトラーは普通の人で、多少神経質、自意識が強い、時間にルーズといった性格には、それ以降の彼を示唆するものは何もない」とする一方、「政治集会における観客動員力でカリスマ性を認められたヒトラーは、30歳でナチ党の表看板としてトップに躍り出たが、リーダーのカリスマ性は、政治闘争における間断無き勝利によってのみ維持され、ヒトラーはこの呪縛から最後まで解放されなかった」と述べ、「移りゆく政治社会環境の中で捕らえない限り、ヒトラーの実体は理解できない。ヒトラーは主役ではあっても独壇場にはなっていない。環境と条件が整えば第二第三のヒトラーは登場しうる」と指摘した。
第二第三のヒトラー?

ウィーンの下町でノンポリ貧乏画家として、ユダヤ人と親密な青年時代を過ごしたヒトラーが最初から反ユダヤ主義者や反共産主義者であったとは考えられない。
ヒトラーは、むしろ農村大衆の反ユダヤ感情や保守政財界の反共産主義に迎合し、弱小政治結社ナチスの勢力を拡大したのであり、巧みな弁舌で大衆を動員したポピュリスト政治家にとって、反ユダヤ主義や反共主義は、当時のドイツにおける恰好な政治プロパガンダだったのだろう。
だとすれば、石田教授が指摘するように民族紛争や宗教摩擦が存在するところには、世界のどこにでも第二、第三のヒトラーは登場し得るし、既に出現しているのかも知れない。
彷徨えるアハスヴェロス

十字架を負うてゴルゴタの丘に向かう途中、疲れ果てたイエスは、一軒の靴屋の前で立ち止まり、一杯の水を所望した。しかし靴屋の主人アハスヴェルスは、「あっちへ行け」と荒々しくイエスを追い払った。するとイエスはじっとアハスヴェルスを見据え「私が再臨するその時まで、安らぐ遑(いとま)なく地上を彷徨(さまよ)うがいい」と呪いの言葉をのこして立ち去った。その後千数百年を経た18世紀に至るまで、ヨーロッパ各地で、故郷を追われ、世界中を彷徨い歩くアハスヴェルスが目撃されたと言う。
『救い』の欠如

慶応義塾大学の荒井秀直名誉教授によると、11世紀初頭の十字軍によるユダヤ人迫害を背景に、13世紀初頭から『彷徨えるユダヤ人』を題材にした類似の寓話がヨーロッパ各地に出現した。ドイツのある教会が1602年に『アハスヴェルスと言う名のユダヤ人』と題するパンフレットを発行して後、ドイツ国内ばかりでなく、全世界に『彷徨えるアハスヴェロス』の物語が広まったらしい。荒井教授は「この物語の特徴は、キリスト教の根本理念としての『救い』が欠如していること」と指摘する(慶應義塾大学学術情報リポジトリ収録、1968年発表)。
ノストラ・アエターテ

ローマ教皇庁は1965年、『キリストがユダヤ人によって殺された』と言う定説を覆した『キリスト教以外の諸宗教に対する教会の態度についての宣言』、通称『ノストラ・アエターテ』を発表した。これに対してユダヤ教のラビ代表団は、2017年8月31日、バチカンを訪れ、ノストラ・アエターテ宣言発表50周年を記念して、『イスラエルのチーフ・ラビ』と『欧州ラビ会議』及び『米国ラビ協会』が署名した『エルサレムとローマの間のノストラ・アエターテ50年の反芻(Between Jerusalem and Rome: Reflections on 50 Years of Nostra Aetate)』と題する9ページの『ノストラ・アエターテ』に対する応答文をフランシス教皇に手渡した。同応答文は完成するまでに2年を要したと言う。
『軽蔑の教え』

ホロコーストで生き残ったものの、アウシュヴィッツで妻と娘を失ったフランス系ユダヤ人歴史家のジュール・アイザックは、第二次世界大戦後、教会の歴史を紐解き、反ユダヤ主義のルーツを探した。アイザックは、初期の教会文献には、イエスの死の咎をユダヤ人全体に負わせるとともに、ユダヤ教を神と人間の関係の失敗例と見なす傾向が存在すると述べている。彼はこれを『軽蔑の教え』と呼んだ。
第二バチカン公会議

同書を読んだ教皇ヨハネ23世は、1960年6月、アイザックと面会し、異教、特にユダヤ教に対する教会の態度に再検討を加えることを決意した。教皇ヨハネ23世は、1962年に第二バチカン公会議(1962-65)を招集し、カトリック教会が教会としてユダヤ人との関係をいかに見るべきかを再検討に付し、全信徒の意識改革に乗り出した。こうして『ノストラ・アエターテ』を起草するプロセスが開始されたが、教皇ヨハネ23世は1963年に亡くなり、生前にその完成を見ることはなかった。
サックス教授の提言

英国の正統派ラビで、1991-2013年の間、大英帝国ヘブライ信徒連合(United Hebrew Congregations of the British Commonwealth)の首席ラビを務めたロンドン大学キングス・カレッジのジョナサン・ヘンリー・サックス法律・倫理・聖書学教授によると、『ノストラ・アエターテ』は、十数世紀に及ぶ疎外と反目の後、ユダヤ教徒とカトリック教徒が敵としてではなく大切な互いに尊敬し合う友人として向き合うことができるよう、二つの宗教の関係を一変させた。
サックス教授は、「宗教的暴力が、中東、サハラ以南のアフリカ、アジアの広範な地域に混乱と破壊をもたらしている今、『ノストラ・アエターテ』の意味が一層重要性を増している。キリスト教徒も、イスラム教徒も、ユダヤ教徒も、煩悶している。我々が今必要としているのは、相互に敬意と責任を持つ契約の中で、すべての偉大な信仰を結集させた新しく広範なノストラ・アエターテだ。全ての宗教の指導者は、今日信仰の名の下になされている多くのことが、その実、信仰を冒涜し、最も神聖な原則に違反している事実を公に表明することを求められている。
仮にノストラ・アエターテをもたらすには、ホロコーストが必要だったとしても、我々を正気づかせるために人間と神の関係を損なわせる別の犯罪を待つようなことはよそうではないか。なぜなら我々はそれぞれ異なるが、一人一人が神の形象にほかならないからだ(創世1:26)。我々は、全ての人間を尊重することにより、神を敬うのである」と訴えている。
『聖霊のバプテスマ』とは一体何か

ヨハネ福音書の弁証法に従うなら、
【テーゼ】 『人は、人の子の証しを受け入れ、聖霊のバプテスマを受けることにより永遠の命を得られる(ヨハネ5:24)』。
【アンチ・テーゼ】 しかし、『地上の人間は、決して天から来たものの証しを理解できない(ヨハネ3:32)』。
それでは、地上の人間はどうして永遠の命を得られるのか。
【ジン・テーゼ】 『地上の人間は始めに神と共にあった言葉(ヨハネ1:1)に立ち返り、神が全き真理であることを自ら覚知すればよい(ヨハネ3:33)』。
文益禅師は「お前は慧超だ」と答えることにより、慧超自身の内に秘められた『真の自己(声前の一句)』を突きき付けたのである。
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