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書評:聖霊のバプテスマ(一円相)
【書評】過ぎ越の祭りの日に神殿の商人を追い払い、エルサレム郊外で、聖霊のバプテスマを施す活動を開始したイエスは、洗礼者ヨハネの弟子との間に清めの論争が生じた(ヨハネ3:25)ことから、サマリヤを経由してガリラヤに戻ることにした。(ヨハネ4:3)
サマリヤの町スカル郊外のヤコブの井戸で休息した際(ヨハネ4:5-6)、弟子たちは、イエスに食事をとるよう勧めた。するとイエスは言われた。私には、あなた方の知らない食べ物がある(ヨハネ4:31-32)。それは私を使わされた方の御心を行い、そのみわざを成し遂げることである。あなたがたは、刈り入れるまでには、まだ4ヶ月あると言うが、目を開けて畑を見なさい。既に実は熟し、刈り入れを待っている。刈る者は報酬を受けて、永遠の命に至る実を集めている。蒔く者も刈る者も、共に喜ぶためである。(ヨハネ4:34-36)
啐啄の機

蒔くものとは、御言葉について証しをするものであり、刈るものとは、その証しを受け入れた人に聖霊のバプテスマを施すものである。
イエスは、初めに神とともにあり、神そのもので有った言葉(ヨハネ1:1-2)について証しをし、その証しを受け入れたものに聖霊を施す。しかし、イエスの証しを受け入れ、聖霊のバプテスマを受けることができるのは、神が全き真理であることを自ら見証したものだけである。(ヨハネ3:33)
卵の中のヒナ鳥が生まれ出ようとする時、卵の殻を内側からコツコツとつつく(啐)と、親鳥も外側からコツコツとつつく(啄)、両者が一致して初めてヒナが孵ることができるように、聖霊を施すものと、聖霊を受けるものの呼吸が一致した時、初めてこの世に御国が現前するのである。
私はαにしてΩ
実際、エルサレム郊外でイエスが証しを行った時、洗礼者ヨハネの弟子たちでさえ、イエスの証しを受け入れず、かえって清めの論争が生じた。イエスはやむなくガリラヤに退く決意をしたばかりである。そんなことから意気消沈した弟子たちは、「まだ機は熟していない。刈り入れまでには、なお4ヶ月を要する」と考えたのかも知れない。しかしイエスはそんな弟子たちに向かって「目を見開いて、畑を見なさい。実は既に熟し、刈り入れを待っている。いや刈るものは、既に永遠の命に至る実を刈り取り、蒔くものと刈るものが、同時にその喜びを分かちあっているではないか」と激励した。
釈迦がインドの菩提樹の下で、天上天下唯我独尊、草木国土悉皆成仏と証見し、イエスがユダヤの郊外で聖霊のバプテスマを施す運動に着手してから、二千有余年を経た今日、依然として世界各地で紛争が生じているが、永遠の命に至る実りを刈り取るために蒔くものは、その時点で、実りの報酬、永遠の命を手に入れることができる。なぜなら、初めに神とともにあった言葉に立ち返り、天上天下唯我独尊と証見したものにとって、この世は本来成仏しているからである。御国の現前とは、人々の心の目を開かせ、天上天下が本来一つであり、草も木も国土も悉ごとく皆成仏していることに気づかせることに他ならない。
一円相
中国の唐代(618-907)に地方政府の長官を務めた陳操尚書と言う人がいた。陳操はある日、江西省吉州の資福寺の住職、如宝禅師を訪ねた。
如宝禅師は、陳操を目にすると、すぐに払子を一振りし、円を描いて見せた。これを見た陳操は、「小生、まだご挨拶もせぬうちに、早くも一円相を描いて、ご教示下さるとは..」と応じた。すると如宝禅師は、方丈の扉をピシャリと閉ざしてしまった。ここで、碧巌録のコメンテーター、雪竇禅師は、「陳操只だ、一隻眼(永遠の真理を見通す眼)を具す」と、陳操を持ち上げた。
円相は、悟りの境地を象徴するもので、達磨から数えて三代目の僧璨鑑智(そうさんかんち)禅師(?-606)は、その著『信心銘』において、「至道(至極の道、究極の真理)は、太虚のように円(まど)かで、欠けるところも余るところもない」と説いている。最初に『円相』を描いたのは、六祖慧能禅師の法嗣南陽慧忠禅師とされ、その後、禅宗、取り分け潙仰宗では、示教に際して円相を多用するようになった。
この公案に登場する如宝禅師は、潙仰宗を開いた仰山慧寂禅師の孫弟子に当たる。これに対して、陳操尚書は、臨済宗の開祖臨済義玄禅師の先輩の睦州道蹤禅師の法を嗣いだ大居士である。そんなことから、如宝禅師は、睦州門下の大物居士、陳操尚書を目にすると、これは潙仰宗の面目を示す絶好の機会と思ったか、早速一枚看板の一円相を描いて見せた。しかし陳操尚書の肩すかしに遭ったため、方丈の扉をピシャリと閉めてしまった。
雪竇禅師は、一見、陳操を持ち上げたようなコメントをしているが、碧巌録の監修責任者、圜悟克勤禅師は、この両雄の商量に一転語(迷いを転じて悟り至らせる一句)を下し、草木国土悉皆成仏させるものはいないかと我々を励ましている。
『一円相』と『ウロボロス像』
『一円相(いちえんそう)』は、悟りの境地や宇宙を円形で象徴的に表現したもの。南陽慧忠禅師(645~775)が一円相を描いた元祖だとされるが、インドの国旗の法輪のモデルになったアショーカ法輪はヒンドゥー教の法(ダルマ)の象徴とされ、仏教特有のものではない。例えば、ギリシア語魔術パピルスに描かれたグノーシス主義の代表的象徴の一つとされる『ウロボロス像』では、自分の尾を噛む蛇が円形に描かれ、中に『万物は一つ』とギリシア語で記されている。禅宗の一円相とウロボロス像のもう一つの共通する点は、初めと終わりは一つと言う思想であろう。











『聖霊のバプテスマ』とは一体何か
ヨハネ福音書の弁証法に従うなら、
【テーゼ】  『人は、人の子の証しを受け入れ、聖霊のバプテスマを受けることにより永遠の命を得られる(ヨハネ5:24)』。
【アンチ・テーゼ】  しかし、『地上の人間は、決して天から来たものの証しを理解できない(ヨハネ3:32)』。
それでは、地上の人間はどうして永遠の命を得られるのか。
【ジン・テーゼ】  『地上の人間は始めに神と共にあった言葉(ヨハネ1:1)に立ち返り、神が全き真理であることを自ら覚知すればよい(ヨハネ3:33)』。
文益禅師は「お前は慧超だ」と答えることにより、慧超自身の内に秘められた『真の自己(声前の一句)』を突きき付けたのである。(キリスト教の起源p.155)
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【参照】
ヨハネの黙示録22:13
わたしはアルパであり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。初めであり、終りである。
イエスの予型

グノーシス主義の立場からすれば、エデンの園に生えていた『善悪を知る木(グノーシスケイン)』の実をとって食べることをアダムとイブに教えた蛇は、神の実体が聖霊(言葉)であることを人類に伝えたイエスの予型である。
《青銅の蛇》
天から下ってきた者、すなわち人の子のほかには、だれも天に上った者はない。そして、ちょうどモーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げなければならない。それは彼を信じる者が、すべて永遠の命を得るためである。(ヨハネ3:13-15)
碧巌録第33則 陳操看資福
陳操尚書、資福に見ゆ。
福、来たるを見て、便ち一円相を画く。
操云く、「弟子、恁麼に来たるすら、すでに便を得ざるに、何ぞいわんや更に一円相を画くとは」。
福、便ち方丈の門を掩却(とざ)す。
雪竇云く、「陳操只だ、一隻眼を具す」。
南陽慧忠/陳操尚書/資福如宝系図




































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