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書評:聖霊のバプテスマ(諸聖即非の法)

洗礼者ヨハネの弟子との間に清めの論争が生じた後、イエスは、ユダの地を避け、ガリラヤ領内を巡回していた。しかしユダヤ人の仮庵の祭が近づいていた頃、兄弟たちがイエスに「あなたは、ガリラヤを離れ、ユダの地に行くべきだ。そうすれば弟子たちにあなたの奇跡の業(わざ)を見せることもできる。人から注目されることを望みながら隠れて行動するものはない。あなたは既にそう言う道を選んだのだから、あなた自身を世間に示すべきだ(ヨハネ7:3-4)」と激励した。
イエスは「私の出番はまだ来ていないが、あなた方の時はいつも熟している。世間(エルサレムの宗教界)はあなたがたを憎むことはできないが、私を憎んでいる。私が世間の諸悪を曝いているからだ。あなたがたは祭りに行ったらいい。しかし私はまだ行かない。時機が熟していないからだ」と答え、ガリラヤに留まったが、兄弟たちが祭に行ったあとで、イエスも人目にたたぬように、ひそかに出かけた(ヨハネ7:6-10)。
世間はあなた方を憎むことができない

この会話からイエスと兄弟たち(キリスト教の起源:主の兄弟P.185-187)の関係が、おうよそ理解できる。ヨハネ福音書は、カペナウム会堂における説教後、多くの弟子がイエスの下を離れ、二度と行動を共にしなかったと記した直後にこの会話を紹介し、「こう言ったのは、兄弟たちさえ、イエスを信じていなかったから(ヨハネ7:5)」と注釈している。弟たちはイエスを対等な兄弟と見、信仰の対象にはしていなかったが、イエスの活動や計画は理解していたようだ。おそらく、ナジル派大祭司の職を務め、エルサレム宗教界において義人の誉れ高い小ヤコブが、家族の大黒柱で、他の弟たちは、イエスよりも小ヤコブに師事していたものと見られる。
イエスに対して『そうすれば弟子たちにあなたの奇跡の業を見せることもできる』と述べた言葉から、弟たちが、自分たちをイエスの弟子と区別していたことが窺える。またエルサレムであれば、ナジル派大祭司の権能を認められた小ヤコブと他の弟たちが、カナの婚礼の時と同様にイエスが行う奇跡を助けることもできると言っているようにも聞こえる。
これに対して『世間はあなたがたを憎むことはできないが、私を憎んでいる。』と言うイエスの言葉には、エルサレムで義人ともてはやされ、神殿内でナジル派大祭司としての権能を認められた小ヤコブやそれに付き従う他の弟たちに対する揶揄が感じられる。
アブラハム/モーセの契約を超越

ユダヤ教は、アブラハム、モーセ、あるいはダビデと、神との契約に基づいているが、イエスは、自分の教えは、モーセやアブラハムはおろか、ノアやアダムおよびイブさえ超えた『天地開闢以前に自分が神と共有していた栄光に基づくものである(ヨハネ17:5/24)』とし、食事の作法から断食、祈祷、施し、安息日に至るまでユダヤ教の根幹に関わるほとんど全ての規則を、時には激しく、時には皮肉とユーモアをまじえて批判した。
加えて血を飲むことはもとより血を含んだ肉を食べることも難く禁じられたユダヤ教徒に対して、「あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、みな死んでしまったが(ヨハネ6:49)、わたしは天から下された生きたパンである。それを食べる者は、いつまでも生きることができる(ヨハネ6:51)。人の子の肉を食べず、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない(ヨハネ6:53)」と説いた。カペナウムのシナゴーグで、この説教を聞いた会衆は唖然とし、弟子さえも「これはひどいとても聞いてはいられない(ヨハネ6:60)」とつぶやき、それ以来多くの弟子が去って行き、最早イエスと行動をともにしなかった(ヨハネ6:66)と福音書は記している。
諸聖即非の法

イエスのこうした説教スタイルは、トマスによりインドに伝えられた後、梁の武帝から仏教の功徳を問われ『無功徳』と答えた達磨や、犬に仏性があるかと聞かれ『無』と答えた趙州(じょうしゅう)、仏の実体は何かとの問いに『乾屎橛(カンシケツ:くそかきべら/乾燥した糞)』と答えた雲門(うんもん)、さらには仏像を燃やして暖をとった丹霞天然(たんかてんねん)等の禅僧に受け継がれたものと見られる。
中国唐代の禅僧翠微無学(すいびむがく?-?)禅師が、その師、丹霞天然(739-824)禅師に初めて参じた際、「諸仏の師とはどんな方でしょう」と尋ねた。天然禅師は、大寒のとき仏像を燃やして尻をあぶったことで有名な和尚だが、「完全無欠な生を得ながら、今更諸仏などと言うボロ雑巾を持ち出すな!」と一喝した。無学禅師がたじろぎ、思わず三歩退くと、天然禅師は、「そら間違えた」と叱責。無学禅師が、慌てて三歩前に出ると、天然禅師は、「また間違えた」と怒鳴った。無学禅師は、片足を挙げたものの、進むことも退くこともできず、とうとう身を翻し、部屋から逃げ出した。すると天然禅師は、後ろから「それだ!諸仏を超脱したぞ」と呼びかけた。無学禅師は、こうしてめでたく悟りを開くことができたと言う。
一個半個の教えから大衆宗教に脱皮

カペナウムの会堂で、「父がわたしに与えて下さる者は皆、わたしに来るであろう。そして、わたしは、来る者を決して拒まない(ヨハネ6:37)。わたしの父のみこころは、子を見て信じる者が、ことごとく永遠の命を得ることなのである(ヨハネ6:40)。」と説いたイエスは、しかし「わたしをつかわされた父が引きよせて下さらなければ、だれもわたしに来ることはできない(ヨハネ6:44)」と述べている。つまり『始めに神と共にあった言葉(ヨハネ1:1)に立ち返り得たものだけが、『神が全き真理であることを覚知する(ヨハネ3:33)』ことができる、換言すれば、聖霊のバプテスマを受け、永遠の命を得ることができると言うのである。
これでは、イエスは、一個半個の覚醒者を打ち出すことを目指す禅宗(門徒数おそらく1千万弱)の開祖にはなれても、今日の22億のキスト教団が誕生することはなかったろう。しかしイエスとは反対にユダヤ教の戒律を厳守する原理主義集団ナジル派の祭司として、大祭司のみに許された神殿の聖所における祭儀も執り行ったとされる弟の小ヤコブが後継者に指名されたことから、イエスの処刑の1ヶ月半後(ペンテコステの日)に大祭司邸に隣接したエッセネ派集会所で発足した原始キリスト教団には、海外在住ユダヤ人組織の代表の他、ファリサイ派やサドカイ派のメンバーも含め、その日1日で約3000人が入会した(使徒2:41)と言う。(キリスト教の起源P.191)
イエスが宣教活動に乗り出した際、その側近を務めたとされるペテロと大ヤコブ/ヨハネ兄弟は、洗礼者ヨハネの弟子だったとされ、洗礼者ヨハネは、別の原理主義集団エッセネ派と緊密な関係を有していたと見られることから、これらの弟子たちも、旧約の記述に基づいてイエスの教えの再構築を試みたようだ。さらにイエスから教えを受けたことがないパウロが教団に加わり、『信仰義認』と言う独自の教理を注入したことから、キリスト教は、大衆宗教に変身、ローマ帝国の支配地域に急速に広まったものと見られる。

『聖霊のバプテスマ』とは一体何か
ヨハネ福音書の弁証法に従うなら、
【テーゼ】 『人は、人の子の証しを受け入れ、聖霊のバプテスマを受けることにより永遠の命を得られる(ヨハネ5:24)』。
【アンチ・テーゼ】 しかし、『地上の人間は、決して天から来たものの証しを理解できない(ヨハネ3:32)』。
それでは、地上の人間はどうして永遠の命を得られるのか。
【ジン・テーゼ】 『地上の人間は始めに神と共にあった言葉(ヨハネ1:1)に立ち返り、神が全き真理であることを自ら覚知すればよい(ヨハネ3:33)』。
文益禅師は「お前は慧超だ」と答えることにより、慧超自身の内に秘められた『真の自己(声前の一句)』を突きき付けたのである。(キリスト教の起源p.155)
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【参照】
《景徳伝灯録》丹霞天然焼仏

丹霞禅師洛陽に至るのち慧林寺(えりんじ)で大寒に遭い、木仏を焚いて暖をとる。ある人、他(丹霞)をそしる。
丹霞いわく「焼いて舎利(しゃり。仏の遺骨)を取らん。」
その人いわく「木仏にどうして舎利がある。」
丹霞いわく「木仏に舎利なし、ならばさらに一些(二つ三つ)焼くを妨げず。」
《景徳伝灯録》翠微無学禅師悟道の因縁
京兆南山翠微無学禅師、初め丹霞に問う、「如何なるかこれ諸仏の師。」
丹霞いわく「あわれ(可憐)な生を得たものは、すべからく巾を執り掃すべし。(全き生を得たお前は諸仏などと言うフル雑巾をもちだす必要は無い。)」
師三歩退く。
丹霞いわく「錯(サク:そら間違えた)。」
師すなわち前に進む。
丹霞いわく「錯、錯。」
師、一足(かたあし)をあげ身を一転して出(い)ず。
丹霞いわく「得たることはすなわち得たり。諸仏にそむく。(それが諸仏を背にしてお前が出した答えだ。)」
師これにより旨を領し、翠微に住す。(師はこのようにして悟りを開き翠微山の寺に住した。)
聖トマス・キリスト教会
聖トマス・キリスト教会は、西暦1世紀の使徒トマスの布教活動に起源を発するインドのケララ州に存在する古典的教会組織。彼らはまた『ナザレのイエス』の信奉者『ナザラニス』として知られる。ケララ州聖トマス教会は現在も『ナザラニ』と言う表現を用いている。
彼らはまたシリア式礼拝儀礼を用いていることから『シリアン・クリスチャン』と称される。礼拝儀式用語はアラム原語に由来し、その後シリア語に転化した。彼らはまた、マラバルもしくはマランカラと呼ばれるケララ州を拠点にし、マラヤーラム語を用いていることから、マラバル/マランカラ・マー・トマス・ナザラニスとも呼ばれる。(wikipedia)

<1>マー・トマス・シロ・マラバル・カトリック教会(Kodungaloor, Kerala)
聖トマスによりインドに設けられた7つの教会の1つと信じられる。









<2>セント・トマス・シロ・マラバル・カトリック教会(Palayur, Kerala)
聖トマスによりインドに設けられた7つの教会の1つと信じられる。








<3>セント・トマス・シロ・マラバル・カトリック教会(Kottakayal, North Paravur, Kerala)
聖トマスによりインドに設けられた7つの教会の1つと信じられる。










<4>セント・メアリー正教会(Niranam, Kerala)
聖トマスによりインドに設けられた7つの教会の1つと信じられる。








<5>セント・トマス・シロ・マラバル・カトリック教会(Kokkamangalam, Kerala)
聖トマスによりインドに設けられた7つの教会の1つと信じられる。









<6>セント・メアリー正教会(Thiruvithamcode Arappally = Royal Church)
西暦63年に聖トマスにより創設されたとされる。『Arapalli』は『Arachan Palli』の短縮形で王立教会の意。









<7>セント・メアリー・シロ・マラバル・カトリック教会(Kudamaloor)
西暦1125年にチェンパカセリ王により創設された。









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