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書評:聖霊のバプテスマ(アラム語ルーツII)

 イエスが言った、「誰も強い人の家に押し入って、彼の両手を縛り上げなければ、それを強奪することはできない。そうすれば、彼は彼の家を押し倒すであろう。」(トマス35)
日本語版『トマスによる福音書』の著者荒井献氏によると、『強い人』とは、創造神、アルコーンと見られる。創造神が支配する家(現世)に押し入ったなら、先ず創造神を支配せねばならない。首尾良くそれができたなら創造神の家(この世)を押し倒し、御国を建設、至高に到達できると言うのである。第7節同様、人が神を支配するのであって、神が人を支配するのではないことを説いている。
キリスト教徒秦氏の日本渡来

景教の研究で世界的第一人者と言わる早稲田大学の故佐伯好郎(さえき よしろう1871-1965)教授によると、文献から知られる限り西暦198/199年に日本にキリスト教が伝えられた。
平安時代初期の815年に嵯峨天皇の命により編纂された古代氏族名鑑『新撰姓氏録(しんせん しょうじろく)』によれば、神武天皇から数えて第14代の仲哀天皇の第8年(西暦197年)にキリスト教国だった弓月(ゆづき)の王功満(こうまん)が家来とともに来日した。西暦720年に編纂された『日本書紀』には「是の歳、弓月君百済より来帰す」と記されている。その後、第15代応神天皇の時代に功満王の子が1万8670人の民を率いて渡来したと追記されている。これが景教と呼ばれるキリスト教徒の秦氏(はたし)が大挙日本に渡来した起源とみられる。とは言え、現代の学者は4世紀後半の出来事と見ている。
中国の歴史書『資治通鑑(しじつがん)』によると、中央アジアのバルハシ湖付近に秦氏と言う遊牧民が建てた弓月と言う国が存在した。中国の別の歴史書『三国志』には秦氏は背が高く、馬に乗り、衣服は清潔で、異なる言語を話したと記されている。ちなみにアッシリアのエデッサ地方で話されたアラム語をシリア語と言い、景教徒は主にシリア語を用いていた。彼等は中国がシルクロードを通じて西洋に絹織物を輸出する際、その交易業務に携わっていたユダヤ人や景教徒の末裔だったと見られる。佐伯好郎教授によると弓月はキリスト教国だった。
三位一体の弥勒像と聖徳太子

日本に渡来したこれら約2万人の秦氏一族は養蚕や絹織物業に携わり、平安京の造営や、大阪平野の淀川、京都の鴨川や桂川の治水に貢献した。秦氏の長、秦河勝(はたかわかつ)は聖徳太子の側近として活躍、太子は自分の子の養育を秦氏に委ねていた。秦河勝は603年に京都の葛野(かどの)に広隆寺(こうりゅうじ)の元になる建物を建てた。同寺には聖徳太子が秦河勝にあずけた弥勒菩薩の半跏思惟像(はんかしいぞう)が安置されているが、その手の形は東方キリスト教会における三位一体のシンボルと同じである。中国等にも同様の弥勒菩薩像が存在するが、東方キリスト教会の三位一体のシンボルと同じ指の形をとったものは、広隆寺の弥勒菩薩像のみである。一方中国敦煌で発見された景教大司教の肖像画の右手も同じ指の形をとっている。
秦氏と国分寺

秦氏と景教徒は、その後も日本に渡来しており、736年6月には李密医(アブラハム)、皇甫(景人)が聖武天皇(在位724-749)に拝謁、同年11月に位階を与えられた。聖武天皇はその後全国に滅罪の寺、『国分寺』と『国分尼寺』を建てた。
奈良の東大寺では旧暦の2月、新暦の3月初めに2週間にわたり『修二会(しゅにえ)』と言う『お水取り』の儀式が行われる。『修二会』は『悔過(けか)』の行事と言われ、『天下泰平、五穀豊穣、万民快楽』を祈願する『お水取り』の起源は、景教徒が唐代に中国国内10省に国分寺を建てた際のお祈りの儀式に由来すると言う。
日本雅楽会の押田良久(おしだ よしひさ)会長によると、雅楽『越天楽(えてんらく)』はペルシアから伝来した景教の音楽で、ペルシアは景教徒の故郷。黒田節は『越天楽』の編曲と言う。
真言宗・浄土真宗と景教の関わり

日本真言密教の開祖空海の生地讃岐国多度郡(現在の香川県善通寺市)は秦氏の勢力地だった。空海は804年遣唐使に加わり中国に渡り、805年に長安の西明寺に入る。その後、青竜寺の真言宗第七祖恵果(745-805)に真言密教を学び、真言宗第八祖の地位を認められた。空海は景教碑碑文の作者景浄の友人でカシミール出身の般若三蔵からサンスクリットを学んだ。したがって空海は、景浄や当時長安で活躍していた伊斯(イサク)等の景教徒とも親交をもったものと見られる。このため和歌山県の高野山には景教研究家エリザベス・アンナ・ゴードン女史(1851–1925)が、贈呈した景教碑のレプリカが存在する。
また京都西本願寺所蔵『世尊布施論』第三巻の内容は、景教徒が著した漢訳『マタイ福音書』の山上の垂訓にほぼ一致しており、アダムの誕生物語の一部も掲載されている。
ベルゼベル論争

前述『トマス福音書』第35節の内容は、共観福音書(マタイ12:22-32/マルコ3:20-30/ルカ福音書11:14-23)に、所謂『ベルゼベル論争』と言う挿話の一部として紹介されている。
イエスが悪霊を追い出し病人を癒やしたところ、パリサイ人や律法学者は、「彼はベルゼベル(サタン)の力を借りて、あるいは取り憑かれてそんなことをしているのだ」と非難した。するとイエスは、「サタンの力を借りてサタンを追い出したと言うなら、サタンが内輪もめを起こしている証拠であり、既に神の国は近づいている(マタイ12:26-28)」とし、上述の言葉(トマス35節)を述べた。『共観福音書』では、強い人とはサタンであり、イエスは、サタンが支配するこの世においては、サタンを縛りあげられるもののみが、サタンが保持する財宝を奪い取ることができると、説いている。
キリスト教メールマガジン発行者の田中幸治氏によると、ベルゼバブ/ベルゼブブ(Beelzebub)/ベルゼブル(Beelzebul)の前半の『ベル』はカナンの土着民の『バアル神』を指し、後半部分は『気高い』あるいは『高い館』意味する『bet-zebul』に由来する。したがって元々土着民が『いと高き王』とバアル神を称賛する言葉だったが、ユダヤ人は「ゼブル」の部分に、発音の似た『ゼブブ(蠅)』を当てはめて『蠅の王』と呼んでバカにしたようだ。
七つの悪霊挿話

『共観福音書』におけるこの挿話から、イエスとその教団が除霊(悪魔払い)を行っていたこと、そしてこの種の活動は、バアル神を信じるカナン土着民の風習に由来するものであったことが窺える。
『マルコ福音書』と『マタイ福音書』のイエスはこのすぐ後に「人は、その犯すすべての罪が、神を汚す言葉さえも、ゆるされる。しかし、聖霊を汚す言葉は、ゆるされることはない(マタイ12:31、マルコ3:28-29)」と述べ、グノーシス主義の片鱗を窺わせている。
これに対して『ルカ福音書』は、ベルゼベル論争の次に、一旦追い出された悪霊がもっとたちの悪い七つの悪霊を引き連れて戻って来ると言う話を挿入しており(ルカ11:23-26)、『マタイ福音書』も、少し後に同様の挿話を挿入している(マタイ12:43-45)。おそらく悪霊払いをしても症状は必ずしも改善せず、あるいは一旦快方に向かった病状が再び悪化するようなことがあったため、この種の民間伝承が生じ、それをイエスの死の1ヶ月半後のペンテコステの日に一旦誕生したエルサレム教会が結局消滅せねばならなかった運命の伏線として挿入したのだろう。『マタイ福音書』は最後に「邪悪なこの時代もまた、そういうことになる」と念をおし、ローマ軍による2度にわたるエルサレム包囲攻撃により、神殿が破壊され、エルサレム教会も事実上消滅した事件の到来を示唆している。この時、原始キリスト教団の一部は、イエスの弟、シモンに率いられ、ローマ軍がエルサレムを包囲する前に、ヘロデ王家の支配地ペレアに避難、そして『マタイ福音書』を編纂した。
七顛八倒

中国の五代十国(907-979)の時代、泉州招慶院の道匡(どうきょう)禅師に一人の僧が「仏の究極の教えは何か」と質問した。道匡和尚は「七顛八倒(しちてんばっとう)」と答えた。その僧は「生来血の回りが悪いため理解できない。何かヒントをくれ」と頼んだ。すると道匡和尚は「そんな老婆心は持ち合わせない」とすげなく突き放した。
その後、温州大寧院の可弘(かこう)禅師に別の僧が「正真の一路とはどんなものか」と質問したところ、可弘禅師も、「七顛八倒」と答えた。するとその僧は「それが仏法なら、別の道を探すほかない」と言った。可弘禅師は「好きにしろ、道に迷うだけだ」と冷たくあしらった。しかしその僧は負けじと「正真の一路が『七顛八倒』なら毛筋一本もない『廓然無聖(かくねんむしょう)』の時はどうか」とさらに突っ込んだ。だが、可弘禅師は「話頭(わとう)已(すで)に堕(お)つ(話の底が知れた)」と突っぱねたと言う。
ちなみにこの公案は、『苦痛でのたうち回る』様子を形容した中国の俗語『七顛八倒』の起源とされ、中国仏教文化研究所編『俗語仏源』によると、『七顛八倒』は≪景徳伝灯録≫巻の二十六および≪五灯会元≫巻の八の公案に由来し、その後俗語として『混乱に堪えず』と言う意味で多用されるようになったと言う。中日辞典は、主に話が乱雑で整っていない様と説明している。<以下次号>
【参照】
《景徳伝灯録》如何なるか是れ仏法の大意、七顛八倒
泉州招慶院の道匡禅師は潮州の人なり。(略)問う、如何なるか是れ仏法の大意。師曰く、七顛八倒(しちてんばっとう)。問う、学人根思(こんし:思慮能力)遅回(ちかい:血の回りが遅い)、乞(こ)う師曲げて慈悲を運び一線の道を開け。師曰く、遮固(しゃこ:それ/これ)は是れ老婆心。
《景徳伝灯録》如何なるか是れ正真の一路、七顛八倒
温州大寧院の可弘禅師に僧問う、如何なるか是れ正真の一路。師曰く七顛八倒。曰く、恁麼(にんも:そういうもの)即ち法門なれば、去るに別無きなり。師曰く、我汝が錯(あやま)り去るを知る。問う、皎々(こうこう:明るい様子)として一線頭(いっせんとう:毛筋一筋)無き時は如何。師曰く、話頭(わとう:話し)已に堕(お)つ。

『聖霊のバプテスマ』とは一体何か
ヨハネ福音書の弁証法に従うなら、
【テーゼ】 『人は、人の子の証しを受け入れ、聖霊のバプテスマを受けることにより永遠の命を得られる(ヨハネ5:24)』。
【アンチ・テーゼ】 しかし、『地上の人間は、決して天から来たものの証しを理解できない(ヨハネ3:32)』。
それでは、地上の人間はどうして永遠の命を得られるのか。
【ジン・テーゼ】 『地上の人間は始めに神と共にあった言葉(ヨハネ1:1)に立ち返り、神が全き真理であることを自ら覚知すればよい(ヨハネ3:33)』。
文益禅師は「お前は慧超だ」と答えることにより、慧超自身の内に秘められた『真の自己(声前の一句)』を突きき付けたのである。
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